舞台『蒼穹の王』を観劇しました


※思い切りネタバレの記事です

※冒頭の理由により、過去作品に関しては特にうろ覚えの記憶で書いています。また脚本様、役者様などにおきましては、もし目にすることがございましたら多々意図とは異なる点がある場合があると思いますが、ファンの一感想としてどうかご容赦ください。

去年のこと、知人に王ステシリーズのDVDを見せていただく機会があり、ディレイ配信を含めて四作目まで拝見していたので、ここまで来ればもはや最後まで見届けるより他なしと思い、今回シリーズ五作目となる最新作『蒼穹の王』を観劇してきました。

このお話は、ジャンルとしてはサスペンスというか、ことの発端は村人の大量虐殺から始まるたいへんスリリングな物語なのですが、シリーズ全体を通してその根底に登場人物の人間物語とファンタジーの土台が敷かれております。

勝手な感想ではありますが、私はこのファンタジー要素である悪魔の存在を愛しており、そこから脚本・演出の吉田さんの人柄の良さのようなものを感じております。
王ステシリーズにおいて人々はただそこで生きている存在です。邪悪の心を持った者もいれば善性により生きている者もいる、そういう一見現実に近いキャラクター構成で話が作られておりますが、この世界には悪魔というのが例に漏れず邪悪で、様々な方法を使い人々の心に入り込む隙を伺っているものとして存在しています。
そういう絶対的な悪が作品に置かれていることで、人々の善悪はむしろ絶対ではなく入れ替わるものであり、善なるものが道を踏み外すこともあれば、邪悪な人間が希望を胸に死ぬこともある……という、この人間世界全体に対する希望のようなものを、私は本作から感じ取っているのです。

特にシリーズを通して登場するヴラドとヴィンツェルは、悪魔契約によって不死の存在となったイレギュラーな存在です。彼らは徐々にこの世の理から離れた立場へ追いやれられ、時に不遇な目にも合いますが、何より人間を愛しています。
まあ、愛しているというのは誇張表現かもしれません。しかし、彼ら……とくにヴラドは共存を望んでいます。
もし私が邪悪な脚本家であれば、このヴラドに人間のすべてを呪わせ、行く先々で人々を殺して回るくらいの所業をさせそうなものです。なのでこの作品からはいつも優しさを感じます。(人々を呪っているキャラもおり、私は彼が一番好きなのですがその話は割愛)
長く生きた者が生まれたばかりのものに与えるような愛です。
それでいて、彼らはかつて人間だったので、限りある命への羨望でもあります。

今作『蒼穹の王』は、その色が特に濃かったように思えるのですが、ヴラドとの対比として主人公のオリヴァーというキャラクターがとても素晴らしい人物でした。正確には彼が主人公なので、彼の対比としてヴラドがいます。
オリヴァーは死を恐れるごく普通の人間です。そして、恐怖に支配され善性を失うという非常に愛すべきキャラクター性を持っています。しかし、登場シーンで彼は既に道を踏み外している。だから観客には邪悪な面から見えるという構成が特に面白いキャラクターでした。

オリヴァーは作中、とても多くの人から慕われ、愛されているのですが、観客にははじめそれがわかるようでわかりません。彼は何せ大量虐殺の主犯であり、邪悪な行いを推奨する悪人でしかないためです。しかし、同時にとても弱く、恐怖を心に抱えていることも描かれていきます。故に観客は彼のことを完全に嫌いにはなれません。

イヴリンというキャラクターが登場します。
彼は昔のオリヴァーを愛していたが、今の考えには賛同できないという立場の人間です。なので観客は、昔の彼がどういう人物だったのか。それが気になるのです。物語は進み、彼の元からは多くの人々が去ります。

孤独になったオリヴァーは、貫くべき立場を失い、また、ある理由から、本来の善性を取り戻します。その「ある理由」こそ、死です。
死は彼に常に付き纏い、彼を狂気へ誘う悪魔でありました。しかし物語のラストで、オリヴァーは黒死病を患っていた事が判明します。
思うに、その病が判明したあたりから彼は善性を取り戻したように見えました。「明確に死を前にして、死への恐怖から開放された」というのが好きな見解です。人々は死を恐れて生きていますが、死を悟ったものは自由に振る舞うことを許されます。
その時オリヴァーは、残る者のために花を植える、自らの中の善の心に気づくのです。

彼について好きな言い回しがあり、自身の過ちについて語るシーンです。彼は取り返しのつかないことをし、それについて「気がつくのに、時間が必要だった」と言います。
「時間がかかってしまった」ではなく、自分にはそれだけの時間が「必要だった」ことを彼は理解しています。
過去に戻れたら、というようなことは言わない人物です。私はこの部分に言葉では表せない好感を抱きました。

さて、死を超越したことで死を恐れないヴラドと、死を受け入れたことでその恐怖から開放されたオリヴァーは、とても近い存在です。
オリヴァーは自由を手にし、そして自らの心のために振る舞います。その心境の変化は彼からいくつかのものを奪いますが、それによって取り戻すものもあります。

そして、風車小屋のシーン。

とても素敵なシーンです。
産まれたばかりの子供に、目の前にいる不遇な者に、もしかしたら愛すべき人だったかもしれない者に、何かをしてあげたいという原初の愛が、二重の構成で描かれます。
観客は彼の優しさを理解したことでしょう。

彼は命を落としますが、それによって仲間のもとへ行くことができました。それが真実か、彼の死に際に見た幻なのか、それはわかりませんが、ヴラドの羨ましがっているものはまさにこういうものなのでしょう。

失礼を承知の上で、私はこのシリーズを見る度、ああ、この脚本の人はすごくいい人なんだろうな……と思います。これからも素敵な作品を生み出して欲しいです。そして願わくば、そして俳優さんのご都合が合えば、私の愛しているジェリコを再登場させてください。

多く見せ場があり、演出、アクション、衣装など視点を変えればとても語り尽くせませんが、このあたりで終わっておこうと思います。もしかしたら追記をするかもしれません。
劇に関わった皆様、とても楽しい時間をありがとうございました!